by unworldly man Teizo AMMA
mailto:amma@maia.eonet.ne.jp
http://www.t-amma.com


◆アボリジナル・アート

今から5万年以上もの昔
東南アジアから
オーストラリア大陸に
渡ってきたとされる
先住民族アボリジニ
文字文化を持たなかった彼らは
それを唄や踊り
ロック・ペインティング(岩絵)
などで表現した
     
Δ オーストラリア熟年周遊8日間
2002/12/10
  還暦を記念して、オーストラリア人気の3都市を2泊づつし、ゆったりした行程で、熟年の方向きと銘打ったツアーに参加。添乗員が同行、充実の観光とバラエティー豊かな食事付きツアーです。
Δ ゴールドコースト(2泊)
2002/12/10
  ゴールドコーストは、青い海と白く輝く砂浜の海岸線が南北42キロメートルにわたって続く世界屈指のリゾートエリア。
Δ メルボルン(2泊)
2002/12/10
  オーストラリアの中でも、最も落ち着いた雰囲気と洗練された街並み。美しい街路樹、きらめくヤラ川の流れ、クラシカルな石造りの建物、英国スタイルの面影が漂い、エレガントさは秀逸だ。
Δ シドニー(2泊)
2002/12/10
  オーストラリア最大の都市。ここはオーストラリアで最初にヨーロッパから移民者が訪れた場所であり、オーストラリアの近代の歴史はまさにこの街から始まった。
Δ オーストラリア旅行あれこれ
2002/12/10
  オーストラリアの最大の魅力は、スケールの大きな自然を満喫できること。ひと口に自然といっても百花繚乱。熱帯雨林や珍しい野生の動植物が生息する景観です。
Δ インターネット事情
2002/12/10
  今回のツアーの間、3都市でインターネットの状況、特に日本語でWebサイトの閲覧とWebMail(HotMail)の送信が出来るかを調べてみました。


更新情報
 さほど趣味と道楽もなく、久し振りの海外旅行をしたので、この「趣味と道楽」に「オーストラリア熟年周遊8日間」を掲載することにしました。オーストラリアの主要な3都市を周ったので、このコーナーをその内容でうめることになりました。
-12月1日更新-


ΦΦ オーストラリアは安全かΦΦ

 テロ攻撃の可能性に関する同国政府の注意喚起 (2002/11/20) ……… 11月19日、オーストラリアのエリソン法務大臣代行は、同国政府はこれから 2〜3ヶ月の間に、オーストラリアにおいてテロ攻撃の可能性があるという信憑性のある情報を入手したとの発表を行いました。その中で、右情報は一般的なものであり、攻撃目標、時期等を特定したものではないと述べています。またオーストラリア政府としては、昨年9月11日以降、テロ防止のためにあらゆる手段を講じており、状況に変化があれば同国国民に対し直ちに情報を提供する旨述べています。(外務省海外安全ホームページ

Ж オーストラリア熟年周遊8日間


◆アボリジナルアート◆

彼らの
ライフスタイルには
大自然で生きる知恵や
独特の世界観などが
脈々と引き継がれて
いる

その中心となるのが
天地創造の神話
「ドリームタイム」
ドリームタイムには
アボリジニもまた
オーストラリア大陸や
動物と一体であるという
精神世界が
色濃く反映されている

     
剄繼}交通社の旅行ツアー
2002/12/10
    還暦を記念した旅行として、阪急交通社の旅行ツアーの中から、温かくて費用の安い「オーストラリア熟年周遊8日間」を選択した。夫婦揃っての海外旅行は十数年前のヨーロッパ旅行以来2度目である。旅をオーダーメイドするだけの、熱意も、財力も、語学力もなく、イージーオーダーのツアーを選びました。

オーストラリア熟年周遊8日間」のポイント
 *オーストラリア人気の3都市2泊づつし、ゆったりした行程。熟年の方向き。
 *関西国際空港より添乗員が同行、現地オーストラリアでも日本人ガイドがご案内。
 *充実の観光とバラエティー豊かな食事付き。

 人気の3都市とは、ゴールド・コースト、メルボルン、シドニーである。ゴールド・コーストはリゾート都市、メルボルンは英国風庭園年都市、シドニーは港の商業都市。そんな3様の顔を持っています。旅行は11月6日から13日までの8日間でした。

面   積: 769 万平方キロ (日本の約20倍)
人   口: 1,971 万人
邦人人口: 38,427人

 国土の大半、およそ70パーセントは不毛か、またはそれに近い土地で、中央の大部分は人が定住するには向いていません。オーストラリアの年間平均降雨量は465ミリですが、年によって大きく異なり、また、大陸の地方によってばらつきがあるそうです。
 しかし、オーストラリアには、沿岸近くに水量が豊富で肥沃な地域があり、ここに人口の大半が住んでいます。北端部の湿潤な熱帯性気候から、中西部および東部沿岸の温暖な気候、そして南岸とタスマニアの冷涼な気候まで、オーストラリアの気候は様々で、幅広いそうです。

 オーストラリアの総面積は768万平方キロメートルと日本の約20倍。サンゴ礁に囲まれた島々から熱帯雨林、大砂漠、そして大きな街まで、気候や人々の暮らし方も変化に富んでいます。基本情報をおさえた旅の準備で、オーストラリア旅行を充分に満喫してきました。
 

刄Iーストラリアの最大の魅力は
2002/12/10
   オーストラリアの最大の魅力は、やはりスケールの大きな自然でしょう。熱帯雨林や珍しい野生の動植物が生息する景観、世界遺産、コアラやカンガルーをはじめとした動物が見られる動物園など、それぞれの場面ごとに固有の魅力があり、オーストラリアを十分に満喫するには、これらの自然を心行くまで楽しむことでしょう。

 今から5万年以上もの昔、東南アジアからオーストラリア大陸に渡ってきたとされる先住民族アボリジニ。アボリジニは何万年もの間、孤立して生きてきた。文字を用いた記録の歴史を持たないため、今なお残っているのは彼らの豊かな文化の断片のみである。
 その後、英国のために植民地として開拓され、そして19世紀には、安い土地と囚人労働をあてにした自由移民者も入植を開始されて、様々な背景を持つた人々が造り上げた国家に成長しました。文化の多様性は国民的アイデンティティの重要な要素であり、急速に変化する世界に挑むための最も重要な原動力の一つになっています。

 このような多様性は、固有の先住民文化や初期のヨーロッパ植民とその後の世界各地からの移住などで育成されてきました。これが今日のオーストラリアの競争力と豊かな文化、さらには社会的な安定の源になっています。
 おそらくオーストラリアは21世紀をリードする可能性を秘めた国家として、人類の未来像を予見しているように思えます。 

 

儻ebサイトで、事前に詳細な情報を入手
2002/12/10
 

 オーストラリアは南半球にあるため、季節は日本とちょうど逆。北は赤道付近から、南は南緯40度まで広がる広大な国土をもつオーストラリアでは、気候も熱帯から温帯までさまざまです。
 年間を通して日差しが強いので、帽子、サングラス、日焼け止めクリームは必携。夜は夏でも気温が下がるところもあり、また、建物の中は冷房が効いていることも多いので、羽織るものを準備するといいでしょう。

  11月で、5月頃かと思いましたが、もう初夏でした。

 オーストラリア政府観光局の公式サイトやオーストラリア政府のウエブサイトで現地の詳細な情報やビザの手続きなどの情報を入手することができます。便利なサイトです。
  ・オーストラリア政府観光局          http://www.australia.jp/top.html
  ・オーストラリア政府観光局 australia.com http://www.australia.com/home_JP.aust?&L=ja&C=JP
  ・在日オーストラリア政府のウエブサイト Australia Web  http://www.australia.or.jp/

 現地から配信しているオーストラリア総合情報サイトや総合情報サイトの海外旅行ページなどで、事前に旅行先を調べ、快適なマイプランを作成するのも便利です。
  ・オーストラリアNOW !              http://www.wave.au.com/australia-now/
  ・All About Japan [オーストラリア]      http://allabout.co.jp/travel/travelaustralia/

 


Ж ゴールドコースト(Gold Coast)(2泊)

◆アボリジナルアート◆

現在では、
そういった彼らの
伝達手段は、
アボリジナル・アート
として
オーストラリアを
代表する
芸術文化にまで昇華

主な都市にある
美術館や博物館には
個性的な手法で
描かれた絵画や
ブーメラン、装飾品、
木彫りの作品などが
展示されている

     

刳ヨ西国際空港より空路、オーストラリアへ (1日目)

2002/12/10
    ・大阪発          20:30
  ・ケアンズ着        04:55
  ・ケアンズ発        05:45
  ・ゴールド コースト着  07:50
 ゴールド コーストとの時差は1時間、時差が少ないことと、実質7時間半程のフライトで、欧州旅行などよりはるかに楽ですが、機内はほぼ満席と深夜の飛行で、矢張り眠られず大変疲れました。

 オーストラリア航空は カンタス航空(QF)の子会社として2001年9月に設立され、10月27日関西空港線および名古屋線/ケアンズ線の運航を開始した。
 いずれも毎日運航で、関空発便はそのままゴールドコーストまで運航する。機材はB767-300型機を使用し、座席はエコノミークラスのみの269席。機内食は和・洋食を選べるほか、日本語を話せる乗務員の搭乗など日本人客向けサービスに力を入れる。

 機内サービスは半数以上が男性で、設立1年もあってか、印象としてはほとんどがアルバイト程度で不慣れ、機内食は洋食のみで最悪(ちょっと云い過ぎかも)、日本語を話せる乗務員はいたけど、質問と回答はミスマッチでした。
 かって、中国の往復を全日空のビジネスを利用していた者からすると天と地の違い。でも料金の点では当然かも。中国の往復はチケットの購入を中国側ですると、不思議なことにエコノミーの料金でビジネスを買えた。その上、エコノミーでは手荷物が20kgを超えると、結構厳しく差額料金を請求されましたが、ビジネスでは30kgを超えても大目に見てくれました。

ゴールドコースト Gold Coast (2日目)
2002/12/10
 

コートヤードバイマリオット Courtyard by Marriott Surfers Paradise (宿泊ホテル)
 サーファーズ・パラダイスの中心地、パラダイスセンターの一画に立地する36階建てのファーストクラス・ホテル。直結しているパラダイスセンターには100軒以上の専門店が揃い、ビーチへは歩道橋でつながっている。

・カランビンビーチやエレファントロックを見学
 空港からゴールドコーストに向う途中、カランビンビーチやエレファントロックを休憩したり、車窓から見学。
 ゴールドコーストは、年間の晴天日数約300日を超える気候に恵まれた、国際級リゾート地として知られている。
 世界中からの観光客でにぎわうサーファーズ・パラダイスは5キロにわたる黄金色の砂浜、白い弧を描きながら砂をぬらす波のそばで、老若男女問わず思い思いに過ごしている。海ではサーファーたちが波を待ち、波に乗り、海面を滑る。名前の通り、まさにサーファーにとってのパラダイス。

・トロピカルフルーツワールド (Tropical Fruit World)
 オーストラリア最大の果物園トロピカルフルーツワールドに到着。約80haの敷地内にあり、壮大なツイードバリーの景色を望むオーストラリアの豊かな自然に囲まれたテーマパークで、珍しい500種類以上もの南国フルーツのある農園をツアー専用車にて見学後、各種の珍しいフルーツを味わう。
 園内のカフェやレストランでは、トロピカルフルーツワールド自慢の珍味や新鮮なフルーツアイスクリームなどが楽しめる。

アドベンチャーパークとファウナパークにて
 ミニチュアトレイン園内を一周。たまたま頭上に野生のコアラらしいものを発見。また、園内を流れる河をポートクルーズしました。
 ファウナパークではカンガルー、エミュウ、そしてファームの小動物などを見学しました。

レインボーベイにて「フィッシュ&チップス」の昼食をとる。
 レインボーベイの街中やレストランには、比較的年寄りが多く見受けられた。その食事の量は多くて大食漢の髭仙人もただただ脱帽するのみです。
 もともとはイギリスの料理ですが、オーストラリアでもかなりポピュラーなフィッシュ&チップス、簡単に言えば魚と芋のてんぷらみたいなもの。

 その後、ポイントデンジャールックアウトを見学し、クイーンズランド州とニューサウスウエルズ州の州境からゴールドコーストの海岸線を一望しながら、宿泊地のサーファーズパラダイスへ向う。

サーファーズパラダイス(Map)
 ゴールドコーストの中心となるサーファーズパラダイスは、都会的な趣をもつ開放的なリゾートタウン。南太平洋沿いに細長く広がる街を、南北にゴールドコーストハイウェイが貫き、浜辺には,洗練された超高層リゾートホテルが建ち並ぶ。
 それに対して、ネラング川と運河が迷路のように水路を広げる沿岸には、豪華な別荘が建ち並んでいる。
 街の中心となるのは、カビルアベニューとゴールドコーストハイウェイが交差するカビルモール。ブティックやビーチ用品のショップ、ショッピングセンター、レストラン、ハンバーガーショップなどが軒を連ね、ナイトクラブやディスコといった夜のプレイスポットもあり、昼夜を問わず観光客でにぎわっている。

・ホテルの近くの市内免税店(DFS)を経て、ホテルに到着
 家内と二人だけ免税店を通り抜け、向かいのパラダイスセンター入り口の有名なソフトクリームを頬張って、ベンチで街の様子を眺めながら一休み。
 どうもここはゴールドコーストの繁華街らしく、人の往来は激しい。リゾート地らしく、服装もいたってラフで、下着ひとつで裸足の白人幼女の姿もありました。

・夕食後はのんびり市内観光
 夕食後、皆さんはオプショナルツアーで「土ボタル洞窟ツアー」に出かけた様子ですが、キャンセルしてのんびりと体を休めてから、二人でサーファーズパラダイスの繁華街を散策。

 ゴールドコースト郊外の国立公園ナチュラルブリッジを訪れ、自然が作り上げた、一枚岩のアーチ「ナチュラルブリッジ」の洞窟の中に生息する世界的に珍しい土ボタルを観察するツアー。暗闇のなかに無数の小さな光を放つ土ボタルはまさに必見。洞窟の中で幻想的に輝く土ボタルはまさにプラネタリウムのようです。

・夜の市内散策では
 いつものように肩掛けカバン一つに地図とアドレスのメモと若干の現金を持って、ホテルの近くを少し回って一旦ホテルに戻り、それから本格的に散策します。このようにしてホテルと近くの風景を覚えておくと余り迷いませんが、それでもミラノではタクシーで帰った経験があります。結局、すぐ近くで乗ったようです。
 今回はインターネットカフェ探しやギャラリー探しなどが目的でした。素晴らしい絵も見つけましたし、孫たちの可愛い衣類も見つけました。カビルモールの舗道天国ではパントマイムの素晴らしい芸術も拝見できました。
 いつも単独行動ですから、結構気楽ですが、今回は安全第一を心掛け、2人で20A$(1400円程度)の馬車で夜の市内を一周しました。30分程度の市内観覧ですが、風も涼しく、羨望の眼差しも心地よく、楽しかったです。
 店先の舗道に並べたテーブルでコーヒーを味わったり、地元のスーパーで飲料水やジュースやらを買い込んで、無事ホテルに戻れました。


刄Xプリングブルック国立公園 (3日目)
2002/12/10
   スプリングブルック国立公園に向う道は、ユウカリの林と牛や羊の牧草地を抜けて高地に差し掛かる。オーストラリアは山が低く、ほとんど高くても1000mを少し超える山しかありません。その内、車窓からは山間に幾筋かの煙が見えました。今年は旱魃で、あちこちで山火事が発生しているらしい。カンガルーやワラビー達は難を逃れられるが、コアラは木を上に上に登るだけで、ユウカリの林と一緒に沢山が犠牲になるようです。 

スプリングブルック国立公園
   (1994年世界自然遺産登録区域)
 スプリングブルック国立公園の総面積は2,954ヘクタールあり、ラミントンと同じく火山の外輪山の一部として知られています。スプリングブルックは約2,200万年前に噴火していたマウント・ウォーニングの北側に位置しクレーターのようにそびえ立っています。
 最も高度の高い森の中では、樹齢2,000年を越える南極ブナを見ることができます。海抜約900mのスプリングブルックはゴールドコースト界隈では最も涼しい所となります。(年間降雨量3,000o)

 さほど高くない熱帯雨林は木々が空を多いつくし、僅かな日差ししか届きません。僅かな光を求めてか、蔦のようなものが這いめぐらしています。目を凝らすと、そこらいっぱい水草のようなものがくっ付いています。丁度静かな流れの水中を覗いているような光景です。
 おそらく、多雨地のことで、霧や雨が多く、多湿の空気の流れが、このような幻想的な世界を造りだしたのだろうと想像しました。
 着生植物の苔や蘭が木に着生していたり、着生したシメコロシの木が宿主を囲み締め付けている様子も見受けられます。
 声を落すと、野鳥の声も聞こえ、まさに神秘なものが造りだす、癒しの世界そのものでした。

パーリングブルック
 切り立った崖より谷底に流れ落ちる滝の姿は雄大だそうですが、旱魃でその勇姿はありませんでした。
 太古の昔、2000万年前から変わらない原生林で散歩を楽しめます。

キャニオン・ルックアウト
 100メートルを越える豪快な切り立った岩肌を見渡せる景色。
 900メートルから見下ろす雄大な景色とゴールドコーストの最高の眺めのようです。
  


ベストオブオールルックアウト
 世界では二番目、オーストラリアでは最大規模を誇るカルデラがどのように形成されているのか一望できる絶景。
 この写真では墨絵のようで、中国の桂林を連想させます。しかし、「Best of All」の感動はなかったように記憶します。

刄Jナングラの町で昼食
2002/12/10
   人口が数百人のカナングラの町では、人の手だけで作られた長さ91メートルのカナングラヒストリックトンネルを見学したり、オージービーフで昼食したり、のんびりと山間の小さな町の散策を楽しみました。。

 最近は日本人向けのオージービーフが輸入されているようですが、ここでは現地のビーフは評判が悪かったです。子供の頃から鯨肉を食べなれた者には、このぱさぱさした肉は美味しかったです。



ラミントン国立公園
2002/12/10
  ラミントン国立公園
     (1994年世界自然遺産登録区域)
 ラミントン国立公園は、緑深い谷などを含めた標高1,100m以上の山脈です。面積は約20,500ヘクタール(東京都の1/25)あります。この山脈は火山の外輪山の一部です。1,994年にはオーストラリア中等部雨林地帯の一部として世界自然遺産に登録されています。
 ラミントン国立公園で最も古い南極ブナは樹齢5,000年と言われます。ラミントン国立公園の中心であるグリーン・マウンテンは別名 (オライリー)として知られています。

野鳥の餌付け
 色鮮やかな鳥たちが手の平から餌を食べてくれます。 森林の中ではカラフルな野生のインコの群れが観察でき、バードウォッチなども楽しめます。

ツリー・トップ・ウォーク
 木々の間に架けられた吊り橋の上を歩くツリー・トップ・ウォークは160Kmを超えるウォーキング・トラック(遊歩道)があり高さ30mの橋を30分間ほど散歩します。柱と柱の間には6人の制限表示がありました。左右上下に揺れ、子供に戻ったり、鳥の気分で森林浴を楽しめます。
     すっかり、ターザンの気分を!


剋ゥ由時間はのんびり市内観光
2002/12/10
 

サーファーズ・パラダイスのビーチ
 ホテルに戻ると、早速ゴールドコーストの中心ともいえるサーファーズ・パラダイズの東側には延々と続くビーチに行った。もう夕暮れに近いビーチの沿道には出店が並び、かなり強い浜風が吹いていたが、ビーチには結構沢山の人が遊んでいた。

 

夕食後はのんびり市内観光
 夕食後、皆さんはオプショナルツアーで「コンラッド・ジュピターズ・ホテルショウ」に出かけた様子ですが、翌日はメルボルンに移動で4時起床のため、昨日と同様キャンセルしてのんびりと市内を散策。

 散策はホテル横のパラダイスセンターや昨夜ゆっくり見られなかったギャラリー(Dalozzo art gallery)に行ったりして、もう初夏の夜を楽しみました。
 Dalozzo art galleryでは、LUCETTE DALOZZOのMattPrintsを3枚購入してきました。
 ほかには、Ken Done とかBally、子供服のKids of Ozなどが楽しめました。市内のショッピングにはベスト オブ ザ ゴールドコースト ポイントアウト 日本語総合誌などが役に立ちます。


深夜3時過ぎの街を
 11時に床に就き、3時には目が覚めた。モーニングコールの4時には間があるが、どうも腹がすいて眠れない。何気なくカーテンを開けると、眼下の通りは明るく人影が見える。そこで着替えて外に出た。
 週末の夜、通りにはかなりの人数の若い人達が眠るのを惜しむように楽しんでいた。がんがん音楽を鳴らしているディスコのようなバーのような店、食べ物屋、コンビニなどは開いていた。やっと店じまいの店もあったりして、ゴールドコーストが若者達の町であることを理解した。


Ж メルボルン (Melbourne)(2泊)

◆アボリジナルアート◆

オーストラリアの
先住民アボリジニや
トレス海峡島
しょ民の文明は
世界で最も古い
もののひとつだ

アボリジニは
何万年もの間
孤立して生きてきた
文字を用いた
記録の歴史を
持たないため
今なお残っているのは
彼らの豊かな文化の
断片のみである

     
刄Sールドコーストからメルボルンへ (4日目)
2002/12/10
    ・ブリスベン発  07:50
  ・メルボルン着 11:05
 ゴールドコーストとメルボルンとでは夏時間で時差は1時間とのことで、実質2時間少々のフライトです。

 ブリスベン発が07:50とのことで、4時に起床、4時半にはスーツケースを廊下に出し、5時半過ぎにはバスに乗り込む強行軍でした。
 結局、3時頃に目が覚め、市内のコンビニで入手したサンドイッチで、4時過ぎに早い朝食を取った。その後、バスに乗り込む前に支給された弁当は、ブリスベン空港の待合室で7時過ぎに2度目の朝食として食べました、そして9時前には、メルボルン行きの飛行機で機内食を頂きました。
 カンタス航空の2時間余のフライトでメルボルンの空港に到着すると、バスはメルボルン市内に向いながら、真っ先にレストランに向った。もう4度目の食事、まさに胃袋は強行軍。もしかしたら、自分も有袋動物になったのでは。

 ゴールドコーストでは、バスの中では安全ベルトの装着を命じられましたが、メルボルンではしなくても結構だそうで、州により法律は異なるようです。そしてバスの中での水以外の飲食は禁じられているようです。

 喫煙はバスの中は当然のこと、どこも屋内の公共の場は禁煙のようです。煙草の値段が日本の2倍以上することもあってか、屋外の喫煙も少ないように見受けられました。
 初日は、関空からゴールドコーストのホテルに到着するまでの20時間の間、喫煙せずに済ませられました。2日目も同様でホテルを出て戻るまでの半日の間、喫煙なしでいられました。特にオーストラリアの大自然に触れている間は、不思議とそんな要求も起こらなかったようです。

メルボルン(2泊)
2002/12/10
 

ヒルトン オン ザ パーク メルボルン
  (melbourne hilton on the park) (宿泊ホテル)
 キャプテン・クックの家がある美しいフィッツロイ庭園や王立植物園の豊かな緑を見下ろして立地する20階建てのデラックス・ホテル。市電の駅はホテルのすぐ向いにあり、ビジネス中心地区へは10分で行ける。

 ヒルトンホテルはゴールドコースと異なり、フィッツロイに隣接した閑静な場所で、周囲には店らしいものは見当たらない。ただすぐ近くにセブンイレブンと美味しいパンとケーキを出すコーヒーショップがあり、再三訪れました。


メルボルンの市内観光
 オーストラリア連邦ができてから、1927年まで首都をつとめたメルボルンは、歴史の重みを今も残す優雅な街です。現在はオーストラリア第二の都市として知られ、全豪オープン・テニス、F1、競馬のメルボルン・カップ等の開催地として世界に名を馳せています。
 オーストラリアの都市の中でも、最も落ち着いた雰囲気と洗練された街並みを持つメルボルン。美しい街路樹、きらめくヤラ川の流れ、クラシカルな石造りの建物、その間を走りぬける愛らしいトラム(路面電車)。英国スタイルの面影が漂い、エレガントさは秀逸です。
 また、メルボルンは「ガーデン・シティ」の愛称を持つほど、美しい緑あふれる都市。市内にはフィッツロイ・ガーデンやロイヤル・ボタニック・ガーデンなど大小さまざまな公園が450ケ所以上あり、四季折々の花や植物が訪れる人たちの目を楽しませてくれます。
 シティは、ビジネスからショッピング、グルメ、エンターテインメント、文化・歴史に至るまで入り混じっていて活気があります。また、メルボルンは移民の街としても知られていて、世界各国から集まった人々が様々な文化を展開させているため異国情緒を感じることができます。

セント・パトリック大聖堂
 オーストラリア最大のゴシック建築の聖堂。1858年から80年以上かけて建てられ、完成したのは1940年。尖塔の高さは103mあり、夜はライトアップされてひときわ輝きを増す。内部のステンドグラスも一見の価値有り。


フィッツロイ公園
 フィッツロイ公園はシティの北東部に位置している。メルボルンは公園が多いのも特徴で、どこも手入れが行き届いており、憩いの場になっている。
 フィッツロイ・ガーデンはメルボルンで1、2を争うほどの美しい公園で、園内には温室やミニチュアの街、そして冒険家キャプテン・クックが幼少時代を過ごしたという小屋まであります。

 この公園の中の結婚式場で式を挙げられたのか、特に休日には、よく見かけられる光景のようです。なんとなくイタリア系の家族と思いました。

 

キャプテンクックの家
 フィッツロイ・ガーデンに有り、ジェームス・クックが暮らした家で、1934年のビクトリア州100年祭に際してイギリスのヨークシャーより寄贈された。土曜日のせいか、沢山の観光客が訪れていました。

旧貴族の邸宅・白亜のコモハス
 当初は35エーカーもあったそうだが、現在は5.25エーカーになっている。もともとは、1953年、裕福な実業家ジョン・ブラウンが最初にこの地に家を建て、その後お金もちのかたがたの手に渡っていったお屋敷。現在のシドニーやメルボルンで見かけるテラス・ハウスの原型とも言われている。家具やアンティークを守るためフラッシュ撮影はできない。
 現在はナショナル・トラスト(オーストラリア最大の民間保護団体)の所有地で、管理運営されている。その昔のお金持ちの社交場であり、トレンド情報の発信地だったそうだ。


ディナーはイタリア料理
 メルボルンは移民の数だけ料理の種類も豊富で、シティから北に足を延ばせばイタリア人街ライゴン・ストリート。東部に足を延ばせばベトナム人街で賑わうリッチモンド。シティ内にあるリトル・バーク・ストリートのチャイナタウンは華僑で賑わうストリート等、色々です。 メルボルンが「食の都」と言われ、3,200以上のレストランがあるのも納得できます。
 オーストラリアにはイタリア人が多いそうで、イタリア人街は土曜の夜もあってか、かなりの活況でした。レストランの中も外も客で一杯でした。従業員もイタリア、イングランド、中国、インドと思える人が働いており、まさに人種の坩堝を実感しました。

夜は繁華街を散策
 夕食後、一旦ホテルに帰ってから、しばらく休息を取って繁華街を散策することにしました。フィッツロイ公園の脇の大通りを通って、中心部のフリンダース・ストリート駅まで歩き、スワンストン・ストリートに入りました。日頃からコーヒー愛飲者で運動不足がたたり、家内に付いて行くのが精一杯、結局コンビニで飲料水を調達しただけで、1時間余の散歩を終えました。
 バスでは足を充分に暖めたり揉んだりして、明日に備えて十分な休養を取りました。

剏゚前中、自由行動 (5日目)
2002/12/10
    この日の目玉は、フィリップ島に渡り野生のペンギンパレードを見学することで、そのペンギンパレードが日没の夜8時過ぎとあって、昼食までは自由行動でした。

午前中、自由行動
 散策マップを見ながらメルボルン市内を自由散策の予定でした。添乗員が路面電車に乗ってクイーンビクトリアマーケットへ案内するとのことで、家内を含めて大方がマーケットへ向いました。

ビクトリア・マーケット(Victoria Market)
 この「クイーン・ビクトリア・マーケット」はメルボルン最大の市場である。肉、魚、果物などの生鮮食品を始めワイン、加工食品や衣類、雑貨など何でも揃うそうです。広大な敷地はじっくり見れば1日がかりだそうです。もちろん一般の市民、観光客も利用でき、メルボルンの人々の食材の源になっている。週末にはあふれんばかりの人でいっぱいになるそうです。
 ガイドさんの言では、牛肉を500gと云ったら嫌な顔される、通常Kgが最低だそうです。但し、ハムの類は何枚の単位でもいいそうです。文化や習慣の違いだそうです。

 ホテルの前から、ビクトリアマーケットへ向う人達と一緒に路面電車に乗り、フェデレーション・スクエアの手前で下車して、一人セント・キルダロードのナショナル・ギャラリー・オブ・ビクトリアに向う。フリンダース・ストリート駅からヤラ川の大きな橋を渡り、メルボルン・コンサート・ホールやビクトリア・アート・センターの前を通って美術館へ。ビクトリア・アート・センターの舗道には出店が並び始めていました。

アート・カルチャー Culture/Art
 オーストラリア文化の中心地といわれるように、メルボルンのカルチャー/アートシーンは、施設の質、数、催されるパフォーマンスのレベルなどあらゆる面で秀逸です。特に市中央部南側には、キングス・ドメイン、王立植物園といった緑豊かな公園に抱かれたビクトリア・アートセンター、ナショナル・ギャラリー・オブ・ビクトリアが並ぶ文化ゾーンが広がり、プレ・アフタシアターを充実させる粋なレストラン、クラブが点在しています。最近では文化ゾーンのゲイトウェイとしてヤラ川沿いにレストラン、ショップ、カフェなどの複合施設サウスゲイトがオープンし、カルチャー/アートシーンをいっそう華やかに彩っています。


・国立美術館 (The National Gallery of Victoria)

 1861年に建てられ、オーストラリアでは、最も古い公共美術館。南半球で最大のコレクションが有り、アボリジニ/アジア/ヨーロッパ/オーストラリアの美術品7万点以上も有る。無料/特別なフェアーがあると有料。
 現在改装中で、2003年再開予定。一部のコレクションはフェデレーション・スクエアで展示しているとのことでそちらに向う。
 生憎、開館は10時とのこと、1時間ほど近くのヤラ川辺りを散策することにした。

・ヤラ川 (Yarra Riv.)
 メルボルン市内をゆったりと流れるヤラ川では、日曜日とあってか、一人漕ぎから8人漕ぎやらのボートを漕ぐ人々が多数見受けられました。特に女性が多かったです。

 

・フェデレーション・スクエア (Federation Square)
 フェデレーション・スクエアは超モダンな建築で、パリのポンピドウ美術館同様、街の佇まいに合わないとの物議をかもしたようです。10時の開館を待って入館すると、アボリジニアート(Indigenous Australian Art)の展示をしていました。
 先住民の芸術と高をくくっていたところ、素朴で、斬新で、カラフルで、その芸術性の素晴らしさに驚きました。久し振りに感動しました。その後メルボルンやシドニーのアボリジニアートギャラリ−を数軒覗きました。
 
 アボリジニとは約5万年前から豪州に住む先住民。人口は約35万人。1770年、英国領になってから居住地を追われ、厳しい差別を受けた。1967年に市民権を獲得。土地返還訴訟では92年に最高裁が「本来の土地所有者は先住民」と認め、93年にアボリジニの土地所有権を認める先住権法も成立した。豪州では、過去の差別政策を謝罪すべきだという声も強まっているが、保守連立政権のハワード首相は「多文化主義」を唱えつつも、公式謝罪を拒否している。

アボリジニアート・ロックペイント

アボリジニたちは昔からとても器用に洞窟などに彼らの生活などの絵を残してきました。それは、神のように思っていたカンガルーをはじめ、人物画など様々な絵があります。中でもカカドゥ国立公園のものは保存状態もよく、毎年観光客が多く訪れているそうです。
 
 アボリジニアート関連のWebサイトとして下記を紹介いたします。 
  Aboriginal Art from the Aboriginal Art Print Network
  Australian Aboriginal art artefacts craft design gifts

 美術館の後、地図を頼りにギャラリーの多いフリンダース・レーンの界隈を散策し、数軒覗きましたが、生憎日曜日ですべて休日。ウィンドウから覗き込むだけでした。1軒だけ展示の準備中で少し見させていただきましたが、矢張りアボリジニアートでした。

昼食は日本料理
 昼食の日本料理店に向う途中、バスの窓から木製玩具の店を見つけ、昼食をそこそこにその店を覗くと矢張り休みで、ガラス越しに覗くと店の奥で製作している様子でした。ウインドウに展示された作品はさほどでないので諦めがつきました。

 昼食後、このツアー2度目のオパール専門店の見学をしている間も、そっと店を抜け出し、2軒のアボリジニアートギャラリ−を覗くと、なかなかの作品で、なかなかの値段でした。

 その後、高速道路を通って、フィリップ島に向いました。フィリップ島に渡り、まずコアラ保護自然公園でコアラを見学し、ロブスターの夕食。そして最後の野生のペンギンパレードを見学しました。


フィリップ島 (PHILLIP ISLAND NATURE PARK)
2002/12/10
   メルボルンから東南へ140キロ、車で約2時間のフィリップ島。島の東南部では日没後、海でエサを採り終えた体長30センチ程度のリトルペンギンが、続々と砂浜に上がってくる。その行列はまるでペンギンによるパレードのよう。設営された見学台からそのかわいらしい姿を見学できる。
 また、島の西端にあるシールロックス海洋センターでは、アザラシやホオジロザメなど海洋生物の生態を知ることができる。2階のレストランでは抜群の眺望を前に、地元で採れたシーフードを味わえる。
 
刄Rアラ保護自然公園 (Koala Conservation Centre
2002/12/10
 

 フィリップ島にあるこのセンターは、コアラの保護区になっている。州法でコアラに触れることはできないが、自然のままのコアラの生活を目にすることができる。コアラは夜行性なので、眠っているコアラを見に行くという気持ちで行ったほうがいいそうです。放し飼い地区とすぐ近くで見れる地区とあるが、眠っているのであの愛らしい表情を見るのは至難の業だそうです。

 

 最初は向うを向いて眠ったままで微動だにしなかったが、運良く動き出しこちらを見てくれた。なんとかカメラに収めることが出来ました。


マリーバ・ロック・ワラビー
 ゴールドコーストの国立公園の帰り、バスの運転手がコアラを見つけバスを止めてくれた。お陰で1匹だけ野生のコアラを見ることが出来た。
 一方、ワラビーの方はその道中車窓から幾度か見ることが出来た。
 小ぶりであることと、その仕草が可愛い、家族連れの数匹が固まって移動している様子で、こちらがバスから眺めていると、両手を挙げながらこちらを覗き込み、なにやら首を傾げている。「何しに来たのだろう?」と。

ウォンバット
 「ウォンバットは生きたぬいぐるみ」だそうで、最近はコアラより人気があるとか。
 有袋目ウォンバット科の動物。オーストラリアとタスマニアに固有で巣穴を掘って暮らす。穴掘りに適した長いかぎづめをもつ。昼間は寝ていて夜になると巣穴を出て、草などの植物を食べる。くまのぬいぐるみを思わせるずんぐりした体つきと小さな目、短い手足、穏やかな性質、ゆったりとしたしぐさなど、見る人に「かわいい」、「だっこしたい」という気持ちを引き起こさせるようです。
 ウォンバットを抱いているのは、父親がこの自然公園に勤務しているので、日曜日に手伝っているらしい12歳の少女でした。カメラはウォンバットより少女に焦点を合わせていた。
 ウォンバットが可愛いのでしょうね。優しく抱いていました。自然公園から帰りかけた頃、彼女が園内を走っていたかと思うと、ウォンバットを抱いて小屋に入っていきました。もう、園仕舞いのようです。


・カンガルーの餌付け風景

 大きな敷地に、オーストラリアの代表的な動物が勢ぞろい、しかも自分で餌をあげて間近に動物と触れ合えるのがこの公園。餌をあげれるのは、主にカンガルー、ワラビーとエミューです。

 

 ほかに、タスマニア・デビル、ペリカン、エキドナ、ヒクイドリ、ディンゴ、クカバラ、タイガーキャットなど、数え切れない種類の動物に出会えます。タスマニア・デビルは肉食で、餌入れを小脇に抱えた係員の餌付けに出会った。たまたま覗き込んだ添乗員を、餌入れの中の目玉が睨み付けたそうだ。ウサギの目玉に睨まれて、好奇心の強い彼女はしばらく呆然としていた。やはり「デビルはデビル」のようです。

剽[食はロブスター
2002/12/10
   日が傾いた頃に、入り口からはレストランの建物が見えないほど広い敷地のレストランでロブスターの夕食でした。
 普段から、蟹や海老は面倒だから、あまり箸を付けなのですが、今回は巨大なとのことで食べました。大きいだけで、けして美味しいとは云えませんでした。
 夕闇と荒野、お腹が膨れていても、少々寂しい、感傷的な気分になるものですね。
 もう夕日は落ちて、さあ出発です。

刄yンギンパレード (Penguin Parade)
2002/12/10
   このフィリップ島のペンギンパレードは、メルボルン観光のハイライトにもなっています。フィリップ島はメルボルンの南東137kmに位置し、島の東西22キロメートル、南北19キロメートルの小さな島です。ペンギンパレードを見ることができるのは島のはずれにあるサマーランド・ビーチです。

 日が暮れ、暗くなると餌を取りに海にでていた小さなフェアリーペンギンが巣に戻るため陸に上がってくる。この姿を見に行くというツアーです。

 南極からの南風にさらされながら、支給された毛布で身をくるみ、観覧席で待つこと約1時間。陽が落ちてそれまで元気に飛んでいたカモメが餌の横取りを諦めかけた頃、やっと波打ち際に小さな黒いものが動いているのが見えてきた。一度見えた幾つかの黒点がまた波間に隠れ、見えなくなり、また現れる。

 幾度か繰り返していると、その黒点が左右に揺れながら十数個の集団になってビーチを上がって来た。もう暗がりの中、軟い照明にペンギンの姿が見え始めた。その集団も三つ四つと増え出して、こちらに向ってきた。

 さあ、ノルマンディの上陸作戦さながら、次から次えと上がって来て草むらに消えていく。こちらも観覧席から離れ、渡り廊下のような歩道を戻ると、陸上に上がってから草むらの中を、それぞれの巣に帰る姿を観察することもできます。巣の方では顔を出して鳴きながら待っているペンギンの姿もあるし、渡り廊下の下をくぐって闇の中に消えていく姿もある。

 ペンギンが30cmほどの世界で一番小さいこともあって、体を左右に振る仕草がなんとも可愛い。涙が出そうなほど感動的なシーンです。おそらく「どんな名優も子役には適わない」と言われるのと似る。
 ペンギンは自分の子しか育てないそうです。もし親鳥が帰って来ないと、巣で待っている子供は餓死してしまうそうです。

 このペンギンパレードは、写真撮影だけでなく、ビデオ撮影もペンギンを守るため撮影を禁止されているので注意してください。そこで画像はすべて借り物です。ご容赦ください。



Ж シドニー Sydney(2泊)

◆アボリジナルアート◆

部族が土地を奪われ
あるいは迫害を
受けた時に
残された芸術の
正確な意味も
同時に
失われてしまった
確かなことといえば
物語や信仰、儀式
歌といったものが
崇拝している土地
と同様に
彼らと深く結び
ついている
ということである
本来
アボリジニの芸術は
生活様式や信仰上
の重要な意味を持つ
     
刄<泣{ルンからシドニーへ (6日目)
2002/12/10
   昨夜の感動的なペンギンパレードで遅くなったので、今日のシドニー行きのフライトは遅く、朝食後1時間ほどホテル隣のフィッツロイ庭園を散策した。
 最初は家内と一緒にホテルを出たが、朝の冷え込みで家内はホテルに戻り、一人庭園内をぶらついた。朝のジョギングを楽しんだり、犬を連れて散歩する人も見かけたが、大方は通勤の人が足早に公園内を通り抜けて行く。


メルボルンからシドニーへ
  ・メルボルン発   11:00
  ・シドニー着    12:20
 メルボルンとシドニーとの時差はなく、1時間少々のフライトでした。この程度は到って楽で助かります。

 オーストラリア観光の最後の都市シドニーです。海の観光都市ゴールドコースト、英国調の庭園都市メルボルンに対して、シドニーは港町商業都市と云ったところでしょうか。
シドニー(2泊)
2002/12/10
  ラディソンプラザホテル (宿泊)
 Radisson Plaza Hotel Sydney

 建築遺産に指定された建物を改築し20世紀 中頃のイメージを生かしたホテル。上品で落ち着いた雰囲気が漂う。シティの中心に位置し、観光、ショッピングにも便利。
 2000年のオリンピック向けに改装されたようで、なんと云っても、モダンなデザインが気に入りました。

 着後、直ちに空港からシドニー市内に向いながら、レストランで昼食。
 食後、シドニー市内観光。オペラハウス、ダーリングハーバー、ハーバーブリッジ、ロックス、キングスクロスなどを見学し、ホテルチェックイン後、夕食まで自由行動。
 夕食はシドニーの街を眺める360度展望のシドニータワーでバイキング料理。


シドニーの市内観光
 オーストラリア最大の都市、シドニー。ここはオーストラリアで最初にヨーロッパから移民者が訪れた場所であり、オーストラリアの近代の歴史はまさにこの街から始まった。2000年にはオリンピックが開催され、ますます活気づいているとのことです。
 シドニーの市内情報の入手には、Webサイト「オーストラリアNOW !」の「シドニー・ヴァイヴス-SYDNEY VIBES」、特に「市内及び近郊の観光」などが便利です。単独行動をするものには大変助かります。




オペラハウス (Opera House)
 シドニーで一番有名な観光名所といえば、ここオペラ・ハウス。世界三大美港のひとつシドニー湾を疾走するヨットをイメージして造られた劇場。内部は大小4つの劇場、5つのリハーサル・スタジオ、レストラン、バーなどがあり、館内を見学するガイドツアーや舞台裏を見学するバック・ステージ・ツアーがあります。
 ロビー程度で内部には入れませんでした。また、この界隈スリが多いとの注意がありました。


ダーリングハーバー (Darling Harbour)
 シドニー港のひとつの入り江を囲むショッピング・グルメエリア、ダーリング・ハーバー。このエリアには、200以上の専門店やギフトショップ、30を超す多彩なレストランやカフェなどで賑わうハーバーサイド・ショッピングセンター、話題のレストランが軒を連ねるコックル・ベイ・ワーフ、最新のレストランエリアのキング・ストリート・ワーフがある。その昔は羊毛の積み出し港として栄えたこの地区を、1988年の建国200年を機に再開発し、オーストラリア屈指の観光エリアに大変身を遂げた。


ハーバーブリッジ (Harbour Bridge)
 シドニーのシンボルで、シングル・アーチとしては世界第2の長さ。橋の上には8車線の道路と電車の線路、歩道、自転車道があります。また橋の両側に立っているパイロンのひとつは博物館と展望台になっています。さらに、ハーバー・ブリッジの下には2280mのトンネルが走っていて、車で通行できます。
 また、ブリッジ・クライムは観光名所、ハーバーブリッジの上部アーチに命綱をつけて登る、スリリングな新アトラクションです。
 参加者は特別にデザインされたブリッジスーツ、安全ベルト、無線連絡用のヘッドセットを装着し、12人ひと組になって、ガイドとともに海抜130mの高さまで登っていく。ヘッドセットを通じてガイドの諸注意や観光案内を聞きながら、仮設道や階段を上り、橋の最上部にたどり着くと、360度広がるシドニーハーバーの壮大な景色を楽しめる。


ロックス (Rocks)
 ハーバー・ブリッジの手前に広がるロックスは、オーストラリアで最初にヨーロッパから移民者が訪れたところ。現在は再開発によって開拓時代の街並みを美しく保ち、シドニーの観光スポットのひとつになっている。クラシックな建物が並ぶ通りを歩けば、まるで当時にタイムスリップしたよう。のんびり散策するだけでも楽しい気分にさせてくれる
 まずメインストリートのジョージ・ストリートにあるシドニー・ビジター・センターがありまう。センターの隣に建つ瀟洒な建物はシドニーで最も古い住居のカドマンズ・コテージ。今は国立公園のインフォメーションセンターになっている。
 開拓時代の家族や兵士などのモニュメントが建つロックス・スクエアはロックスの中心地。レンガ敷きの広場には多くのパフォーマーが繰り出し、訪れる者の目を楽しませてくれる。砂岩で造られた建物のアーガイル・ストアや、レンガ造りの建物のロックス・センターはロックスの買い物スポット。中にはしゃれたレストランやカフェ、ブティックなどが入っていて、気軽なショッピングが楽しめる。
 海風を感じながら食事ができる、おしゃれなレストランが集まっているのはキャンベルズ・ストアハウス。海沿いに建つ倉庫を利用した建物からはシドニー・ハーバーとオペラハウスが一望できる。週末ともなればジョージ・ストリートの一部は歩行者天国となり、工芸品やアクセサリーなどを売る店が並ぶロックス・マーケットがオープンするそうです。


キングス・クロス (Kings Cross) 
 24時間眠らない街「キングス・クロス」は、南半球最大の歓楽街として知られている。レストランはもちろんカフェ、バー、ナイトクラブ、ゲームセンターと夜の遊び施設が所せましと並んでいる。シドニーのナイトライフを楽しみたいならキングスクロスへどうぞ。
 日中は特に心配いりませんが、夜間は娼婦が集まり、観光客に目をつけた客引きやひったくりにあうケースもあり、注意が必要です。特に夜の裏通りには近づかないこと。
 この大きなCokeの看板は、ネオンサインがシドニーでは法律違反で、毎年1億ほどの罰金を支払っていと聞きました。

 

剽[食は「シドニー・タワーSydney Tower
2002/12/10
  夕飯まで自由行動
 自由行動は美味しそうな喫茶店とコンビニ探し、喫茶店はホテルの目の前に、コンビにも歩いて3分程度のところにありました。
 マクドナルドは世界を制覇しましたが、セブンイレブンも結構健闘しているようです。従業員は中国系、韓国系が多いようです。24時間開いているので助かります。


夕食は「シドニー・タワー」で
 夕食は、ダウンタウンの中心部のセントラル・シドニーと呼ばれる地区にひときわ威容を誇るオーストラリア最高(305メートル)の展望レストランで、360度のシドニーの美しいパノラマを眺めながらディナーを楽しみました。


「海外旅行保険 情報アラカルト」から
シドニー情報を抜粋
 日本人観光客も多く、安全で美しい街というイメージですが、2日に1回は日本人旅行者が盗難などの被害にあい、届けが出されています。
 ただ、行動する時間帯、地域に注意し、自覚ある行動をとっている限り、安全にすごせます。シドニーの顔オペラハウスのあるサーキュラー・キー周辺、経済・政治の中心地シティ、シティの西側の新たな観光名所ダーリング・ハーバーなどは、昼の明るい時間帯なら安心してすごせます。歓楽街キングス・クロスは夜間の一人歩きは避けましょう。
 電車は早朝や夜間の利用は避けること。また駅構内もホームレスや暴走族のたまり場になっているので、女性は特に注意が必要です。

 シドニー・タワーに登るのには、一旦ビルの最上階に上がり、改めてタワーに上がるエレベーターに乗り換えます。最初のエレベーターにはツアー全員は乗り込めず、でっぷり太った2人が譲って降りてくださった。それでも半数近くは次を待って、その二人と一緒に乗り込みました。それでもかなり込み合い、またその二人が少々乱暴な降り方で譲ってくれた。
 お陰で多少ゆったりした空間は300mを一気に登り始めました。室内は2度も譲ってくれた2人に、「親切ね!」と感謝の会話が飛び交った。少々乱暴で不自然な降り方もあって、いつもの癖で「親切とも取れるけど、スリとも……」とつい水をさした。その瞬間、一人が「財布をやられた!」と叫びました。
 かって、パリでルーブル美術館の帰り、地下鉄で発車間際に後の男が、突然ドアをこじ開けて降りた。ドアーが閉まった瞬間、私の手がお尻のポケットに、そしてガラス越しにその男の怖い目と合った。結局、後の祭り、直ちに予定を繰上げホテルに帰り、日本のクレジット会社に電話をした。今回も、なんとなく不自然な感じがその時と似ていました。


刄Vドニー市内自由散策 (7日目)
2002/12/10
    「オーストラリア熟年周遊」の最終日は「シドニー市内自由散策」です。パンプレットには、シドニーでも人気のおしゃれなショップが並ぶロックスやパデイントン地区での買物や、ダーリングハーバーやサーキュラキーなどの美しい港の風景を眺めながら散策などをお楽しみ下さい、となっていました。
 一方、オプショナルツアーとして、下記の二つが用意されていました。
   ・ブルーマウンテンズ観光(昼食付) (AM 8:00〜PM 4:00)
   ・シドニー湾ディナークルーズ     (PM 7:00〜PM10:30)
 これまでと同様に、ブルーマウンテンズ観光はキャンセルして、美術館やギャラリーを中心に市内を散策し、夜は初めてオプションの「シドニー湾ディナークルーズ」に参加することにしました。

ブルー・マウンテンズ
    (BLUE MOUNTAINS)

 シドニーの西方約100Kmのところにある「ブルー・マウンテンズ」。果てしなく続くユーカリの樹林が美しく、自然に浸るにはもってこいの場所だ。3本の突き出た奇岩「スリー・シスターズ」には、アボリジニの伝説もあり、レイルウェイやスカイウェイ(ロープウェイ)で、それぞれのポイントを見てまわることができる。
 ブルー・マウンテンズという名の由来は、ユーカリが大気中に放つオイルが、日光に反射して青く霞んで見えることからその名がついた。

 メルボルンの中心地域は京都のように碁盤の目になっていて分かりやすかったけど、シドニーは規則性がなく迷いやすいです。宿泊したホテルは三角地で丁度パリのような町並みです。
 地図を手にカメラなどは掛けカバンに入れ、向いの喫茶店でコーヒーを飲んでから、9時頃に出発しました。東に4筋目がマッコーリー通りで、簡単に州立図書館を見付かった。通りを挟んで最初の目的地(妻の要望と美術館の開館までの暇つぶし)のシドニー王立植物園が隣接している。
 この旅行期間すべて好天に恵まれ、最後の日も穏やかな初夏の日差しの中、植物園を1時間半ほど散策できました。
 

刄Vドニー市内自由散策
2002/12/10
 

シドニー王立植物園(Royal Botanic Gardens
 シドニー湾と隣接しているシドニー王立植物園は開拓時代には野菜農場だったという、オーストラリアで最も古い歴史を持つ植物園。現在は約4000種の植物が植えられ、季節を問わず色とりどりの花が咲いている。

 サーキュラー・キーの東側にあり、園内の東北部の岬からはシドニー湾の眺望が楽しめ、特に夕暮れ時は見事。レストランやピクニックの施設もあり、野外結婚式も挙げられる都会のオアシス。
 植物の手入れをしている様子を眺めたり、野鳥の姿を追ったり、気の利いた小物を売っている売店に立ち寄ったり、屋外のテーブルでコーヒーを飲んだりして、のんびりとした時間を楽しめました。

 家内が木の上のコウモリの集団を見付けた。よく見るとあちこちに集団がいて、かなりの数のようでした。フィリップ島のコアラ保護自然公園にもコウモリはいましたが、これだけいると不気味ですね。
 Webサイトに「この植物園にはハイガシラオオコウモリの5000頭ほどのコロニーがあるという。」の文章を見つけました。植物園のコウモリはなかなか有名らしいです。

 植物園の東側の出口を見つけ、ミセスマッコーリーロードを通って、ドメイン公園内のニューサウスウェールズ州立美術館に向いました。次にアートギャラリーロードに入って、間違えたかなと不安になった頃、それらしい建物が見えてきました。
 インターネットのドメインを連想しましたが、The Domainだそうです。




◆ニューサウスウェールズ州立美術館(Art Gallery of NSW
 1875年に建てられた褐色の旧館と1970年に完成した白壁の新館からなる博物館。オーストラリアの開拓時代から現代に至るまでの絵画や彫刻、15〜18世紀のヨーロッパやアジアの美術品など国際的なコレクションの数々を所蔵。先住民族アボリジニの美術品を展示した「イリバナ」が常設されている。

 素晴らしい作品が多数展示されていましたが、特に英国との関係からか、水彩画や油絵でも水彩画風の素晴らしい作品が気に入りました。Arthur Streeton の水彩画には感動しました。もともとTurnerが大好きです。
 また、美術館のWebサイトも素晴らしいですね。


AGNSW - Picasso The Last Decades
 Exhibitionsでピカソの最後の10年を展示していた。
 期間が 9 November 2002 - 16 February 2003 で、折りよく始まったとこでした。

 オーストラリアは植物園も美術館も基本的に無料で、ピカソ展は特別展なので15A$(約1000円)でした。
 小学生が数人ずつ、その絵の特徴や技術的な技法の説明を聞いていました。また、その子供達を見ると、白人、アジア系などと雑多な人種構成で、オーストラリアの縮図と、真のボーダレスはこんな環境で生れるのだろうと実感しました。

 

刄Vドニー市内自由散策
2002/12/10
   一旦ホテルに戻り、改めて昼飯に出かけることにしたが、海外ツアーの自由行動で結構厄介なのが食事で、今回は日本食をとガイドブックから近い日本食料理店を見つけ、そこに出かけた。
 20分ほど歩き、目的のアーケードを見付け2階に上がり、中央が吹き抜けで左右に十数軒づつ並んだ店を一軒一軒捜したが結局見付からず、仕方がないので3階に上がってみた。矢張り見付からず諦めかけたら、一番奥に「一番星」と云うラーメン屋があった。昼過ぎでも順番待ちの状態で、美味しいラーメンに大満足した。
 その帰り、パック入りの寿司を売っている店を見付け、盛り合わせを買ってホテルに戻った。ガイドブックでは、現代美術館は休日となっていたが、・シドニー湾ディナークルーズまでの間、そのロックス界隈を散策しようと出かけることにした。
 

現代美術館(Museum of Contemporary Art
 オーストラリアをはじめ世界各国の優れた現代アートを約5000点所蔵。1991年にオープンし、絵画、彫刻、写真など、世界中から集められたジャンルにこだわらない斬新なアートに触れることができる。アボリジニ・アートのコレクションも陳列されている。

 これまでもオーストラリアの現代アートに触れたことがあるが、なかなかついていけない世界です。今回の作品もまさに斬新なアートで、例えば新聞の束が倉庫に山積みされていると云ったものです。


 サーキュラー・キーの西側第6埠頭近くにあり、眺めがいいので格好のデートスポットようです。

 建物の1階、サーキュラー・キーに面した側にあるMCAカフェは、シドニー・ハーバーとオペラ・ハウスを望むお洒落な店。景色の良いスポットとして、シドニーの人々にも人気のカフェだ。


 
シドニー湾ディナークルーズ
2002/12/10
 

 シドニーの夜の見逃せないポイント、シドニー湾ディナークルーズ。世界三大美港のひとつシドニー湾の夜景を見ながらのお食事で優雅なひと時を過ごせます。船内で歌やバンドの演奏、そしてドラマチックなオペラを鑑賞ディナーを楽しめる。

 

 また船の甲板に上がり、シドニーの夜景と南半球の星空を眺められます。ただし、歌やバンド演奏や食事に気を取られていると、素晴らしいシドニー湾の夜景を見落とします。

 

刄Vドニーから関西空港へ (8日目)
2002/12/10
 

シドニーからケアンズ経由で、関西空港へ
  ・シドニー発      09:05
  ・ケアンズ着      11:05
  ・ケアンズ発     12:30
  ・関西空港着     19:15
 シドニーとケアンズ、ケアンズと関西空港との時差はそれぞれ1時間、実質3時間と7時間45分のフライトでした。シドニーとケアンズは成田行きを乗り継ぎに使い、ケアンズと関西空港はオーストラリア入りした飛行機で、関空からそのまま折り返しますので、丁度、丸7日の旅となります。

ケアンズ空港
 国際線出国エリアの左手奥にあるヌードル・ショップにパソコン端末が置かれています。Global IMEも導入されていたので、日本語ページの閲覧と日本語でのメッセージ作成も可能のようです。確認できませんでした。
スモーカーの方へ
 出発ロビー2番ゲートの近くには、「スモーカーズ・バルコニー」という喫煙所があります。チェックイン後にもタバコと吸うことが出来ます。

 帰り便は6割程度の込み合いで、中央の3人掛けを独占し、気楽に過しましたが、矢張り7時間程度が限度で、欧州のように10時間以上のフライトは気が重いですね。
 帰りのオーストリア航空はすべて女性の乗務員でしたが、食事などのサービスの要領の好さは、矢張りJALやANAが最高だと思います。

 関空に到着して、出国手続きなど段取りよく済み、出発間際の「はるか」に飛び乗りました。売店でお弁当も買えたし、喫煙場所で煙草をすったり、草津線の時刻を確認して、やっと体と気分がくつろいだところで、車内放送が「人身事故の影響で、最寄り駅に信号待ち停車」のお知らせ。
 日本の肌寒さが実感として感じられました。結局1時間近くの遅れで、やっと草津線の最終の一つ前に乗りました。石部駅はもうすっかり冬の夜、寒さが身にしみました。


 


Ж オーストラリア旅行あれこれ

◆アボリジナルアート◆

創造先祖
-creation ancestors-
が土地を横断し
旅をし
季節を創造し
大地を形成し
他の創造物と
衝突した時代をいう
「ドリームタイム」の
説話は
代々継承され
続けている

     
凾サんな負い目があって、5年毎の夫婦旅行
2002/12/10
   今回の家内との海外旅行は2度目ですが、「雪の金沢」などの小旅行や「秋の東北」などの中旅行などを交えて、,結婚以来、5年ごとに旅行をすることにしています。東京オリンピックの年の結婚ですから、結婚40周年は2004年です。今回はそれとは別の「還暦祝い」的なものでした。
 静岡の片田舎で、形ばかりの結婚式を挙げ、そのまま、浜松駅から鈍行で京都に帰っただけで、いわゆる新婚旅行なるものをしておりません。しかも、京都の新婚生活は学生結婚もあって、「神田川」そのもので、12色のクレパスもままならないほどの生活でした。

 そんな負い目があって、5年毎の夫婦旅行は結婚10年目からはじめました。旅行中は就学前の3人の子供を、妹にに託し、長じては、長女に掃除洗濯を任せて、決行してきました。当然、近所では評判は悪かったようです。
 会社でも、「結婚記念日ですから、後はよろしく」と、3日、5日、時には8日の休暇をとり、旅行してきました。挙句に、「休みを取れない」と愚痴る人たちには、「休めないのではなく、貴方が休まないだけ」と言い放っていましたから、当然、上司や同僚には悪評だっただろうと思います。

 周囲の悪評はあったものの、「子供の犠牲や会社の犠牲」と云わない生き方、「夫婦を第一に据え」た生き方を重視したものと捉えています。

凾アの旅行で出合ったWebサイト
2002/12/10
   今回のオーストラリアの旅行に先立って、ガイドブックを1冊購入しました。現地でも持ち歩けるようにと、JTBのポケットガイド「オーストラリア」にしました。
 このガイドブックは、見学予定地や宿泊地などの必要な情報箇所に印をつけて、事前に読んでおくように家内に渡したままで、もっぱらインターネットでWebサイトから情報を入手しました。この際出会ったサイトの中から、興味を持ったり、印象の深いものを記しておきます。

E v e n t N a v i の オーストラリア フィリップ島における観光と動物保護
 動物を活用した観光の試み。オーストラリア南東部にあるフィリップ島で試みられている
「動物を活用した観光」について紹介します。

525 Productions Sydney
 525 PRODUCTIONSは、その社名をNTSC方式の525本の走査線の数に由来し、PALが主流のここオセアニアでは数少ないNTSC機材を所有しており経験豊富な日本人カメラマン、VEが常駐しています。 映像撮影における技術提供を主体に、オーストラリア国内及びニュージーランドなどの 近隣諸国を舞台にENG取材、コーディネート、リサーチ等承っております。

Welcome to Smith in Oz
 Smithさんが、 Queensland と New South Wales の2州に渡って、ベーチを撮影したサイトです。決行楽しいページです。
  "The world is a book, and those who do not travel read only a page."

Natural Heritage Trust Home Page
 
自然遺産トラストのWebサイトです。

外務省の海外安全ホームページのオーストラリア

※ 海外では「自分の身は自分で守る」との心構えをもって、渡航・滞在の目的に合わせた情報収集や安全対策に努めて下さい。
※ 本情報は、海外に渡航・滞在される方が自分自身で安全を確保するための参考情報です。本情報が発出されていないからといって、安全が保証されるというものではありません。
※ また、法令上の強制力をもって渡航を禁止したり、退避を命令するものでもありません。
※ 外務省では、皆様の快適で安全な海外渡航・滞在のため、こうした情報の適切且つ迅速な提供に努めておりますが、ご不明な点などあれば、末尾の連絡先までお問い合わせ下さい。
※ 本件渡航情報は下記のとおり発出されましたが、随時更新されます。

 今回購入したJTBのポケットガイドにはシドニーの宿泊ホテルが記載されていないとか、記載された日本料理に行ったけどなかったなどの不具合があり、発行日を確認すると2000/1/1でした。シドニーは2000年のオリンピックを境に大きく変化したようです。
 情報は旬なものを入手しなければと反省しました。Webサイトについても賞味期限を切れたものもあり、注意が必要のようです。

 海外のWebサイトの場合、言葉の問題もあり、@nifty翻訳Excite エキサイト 翻訳 などの翻訳サイトを使っています。なかなか便利です。

刄Aボリジニの世界に触れて
2002/12/10
   今回、アボリジニの世界に触れたのは、美術館やギャラリーで出会ったアボリジナル・アートで、アボリジニの暮らしや彼らの聖地に行ったわけではありません。しかし、アボリジナル・アートを通して、深い感動や感銘を受けました。

 今から5万年以上もの昔、東南アジアからオーストラリア大陸に渡ってきたとされる先住民族アボリジニ。彼らのライフスタイルには、大自然で生きる知恵や独特の世界観などが脈々と引き継がれている。その中心となるのが、天地創造の神話「ドリームタイム」だ。ドリームタイムには、アボリジニもまたオーストラリア大陸や、動物と一体であるという精神世界が色濃く反映されている。文字文化を持たなかった彼らは、それを唄や踊り、ロック・ペインティング(岩絵)などで表現し、こんにちまで守り続けてきた。
 現在では、そういった彼らの伝達手段は、アボリジナル・アートとしてオーストラリアを代表する芸術文化にまで昇華。主な都市にある美術館や博物館には、個性的な手法で描かれた絵画やブーメラン、装飾品、木彫りの作品などが展示されている。

◆先住民アボリジニの文化関連のサイト

・先住民アボリジニの文化
 
オーストラリア政府観光局のサイトでは、カカドゥ国立公園、ウルル-カタ・ジュタ国立公園やジャブカイ・オリジナル文化パークについても紹介しています。

・在日オーストラリア政府のウエブサイト
 在日オーストラリア政府のウエブサイトには、オーストラリアの先住民について、「オーストラリア先住民とトレス海峡島しょ民 」が紹介されています。

 オーストラリアの先住民 (アボリジニ) とトレス海峡島しょ民とは、たがいに人種的にも、文化的にも異なります。歴史的に、先住民はオーストラリア本土、タスマニア、およびグルート島、バサスト、および北部準州のメルビルのような大陸沿岸の島に住んでいました。
 トレス海峡島しょ民は、クイーンズランドのヨーク岬突端とパプアニューギニアの間にあるトレス海峡の島々の住民で、パプアニューギニアや太平洋の島々の住民の文化と多くの点で類似します。

◆先住民アボリジニ関連の日本サイト

Dengon Net online [裸足のアーティストに魅せられて]
 オーストラリア最大のアボリジナル・アート・ギャラリーで、アート・コンサルタントとして7年間勤務の後、独立企業。アボリジナル・アート・コーディネートのパイオニア的存在としてNHK「日曜美術館」、TBS「海の向こうで暮らしてみれば」、読売新聞「国際人」欄などに出演。

[春風社] 裸足のキャンベラ
  オーストラリアの首都ではあるが、都市としては退屈だ。もともとシドニーとメルボルンがそれぞれ首都を言い張って、それで計画都市として地理的にもシドニーとメルボルンの間に作り上げたところ。

◆先住民アボリジニの総合サイト

Aboriginal Australia Authentic Aboriginal Art, Craft and Culture

 

◆先住民アボリジニの芸術関連サイト

Aboriginal Art Store

Aboriginal Art Online

Aboriginal Art Gallery

Aboriginal Art Museum

Aboriginal Fine Arts Gallery

Songlines Aboriginal Art Gallery

Katherine Art Gallery - Total Travel Guide


剔ス様なオーストラリア人
2002/12/10
   オーストラリアを旅行して、多民族性を実感しました。特に美術館で出会った小学生や大学生のグループ、各地のコンビニやレストランの従業員など、雑多な民族を推測した。最近の民族や宗教が深く関わった国際紛争を憂慮し、おそらく将来のボーダレス時代を示唆する形態であろうと実感しました。又地球環境や自然保護の点からも、2000万の人口が日本の20倍の面積に住んでいることによる豊かさをも感じました。

 「在日オーストラリア政府のウエブサイト」でも、過去の経緯、現状の問題点、将来の展望ウなどを伺うことができました。記述の一部を紹介いたします。

■ 多様なオーストラリア人では 
 オーストラリアは、様々な背景を持つた人々が造り上げた国家です。文化の多様性は国民的アイデンティティの重要な要素であり、急速に変化する世界に挑むための最も重要な原動力の一つになっています。
 このような多様性は、固有の先住民文化や初期のヨーロッパ植民とその後の世界各地からの移住などで育成されてきました。これが今日のオーストラリアの競争力と豊かな文化、さらには社会的な安定の源になっています。

■ オーストラリアの移民では
 オーストラリアはこれまで世界の約200ヵ国・地域からやってきた500万人近い移民で豊かになった国です。オーストラリアの10人に4人は移民または移民の子供で、その半数は英語を母国語としない国からの移民です。オーストラリア人の約13%は、両親が海外で生まれました。1995-96年度には99,139人が世界各地から移住しましたが、そのうち約18.8%が北東アジア、13.3%が東南アジア、12.4%がニュージーランドの出身でした。
 オーストラリアは、全世界の難民に対する移住や援助でも大きな役割を果たしています。長年にわたって抑圧から逃れようとする人々を助ける決意を抱いています。1945年から1995年までの50年間に、オーストラリアに移り住んだ難民や追放された人達は50万人を超えました。

オーストラリアの歴史では
 人種問題に関しては一線を画していました。新しい連邦議会が制定した最初の法律の一つは、移民を主としてヨーロッパ出身者にする、1901年の移民制限法でした。 (第二次大戦後「白豪主義」は徐々に衰退し、1970年代中頃までに完全になくなりました。) 多くの人が「母国」と考えたイギリスとは、様々な絆で結ばれていましたが、やがてイギリスとの憲法上のつながりは次第に薄れていきました。

 1967年、オーストラリア国民は国民投票で、先住民の利益を擁護する法律を制定し、今後は国勢調査に先住民を含める権限を連邦政府に与えることを、圧倒的多数で可決しました。この結果は、それまで先住民、非先住民の双方が行ってきたキャンペーンの集約であり、先住民・トレス海峡島しょ民社会の生活条件を改善するために、政府の直接行動を希望するオーストラリア国民の願いを、強く肯定したものと考えられています。

 

剔゙職後オーストラリアで暮らす
2002/12/10
    オーストラリア旅行を決めて、インターネットでいろいろとWebサイトを眺めているうちに、いっそのこと余生をオーストラリアで暮らしたらと考えるようになった。もともと子供の頃から島国に馴染めず、大陸志向があって、だんだん熱がこもって来た。
 「在日オーストラリア政府のウエブサイト」では、「一時居住ビザ」に「退職者」の記述がありました。永住や国籍取得はともかくとして「退職者」には現実味がありそうです。

「一時居住ビザの退職者」の記述
下記条件を満たしている方が考慮の対象となります。
55才以上。
オーストラリアにて隠居・一時居住を希望していること。
配偶者以外の扶養家族がいないこと。
このビザで就労は出来ません。オーストラリア滞在中に経済的又は福利上も一切の負担をオーストラリアにかけることなく生活出来る充分な資金の証明が必要となります。

 その他、「オーストラリアNOW !」には、退職後をオーストラリアで暮らす人の情報があるようです。そこには「新しい形の旅クラブ・たびまぐ--ステイ会員のご案内」が記載されていました。

オリジナル・コンテンツ「退職後オーストラリアで暮らす」
 退職後オーストラリア で暮らすための情報を万才したオリジナル・コンテンツをお読みいただけます。知りたい!と思う情報を網羅し、実践的なハウ・ツーをご紹介、読み応え十分!です。

▼予定しているコンテンツ内容
  - リタイヤメント・ビレッジのすべて
    退職後暮らす場所として人気のリタイヤメント・ビレッジとはどんなもの?入居は?
  - オーストラリアの医療事情
    最も心配な医療事情、オーストラリアの医療レベルは?病院のかかり方、など
  - オーストラリアに住所を購入する
   折角だからオーストラリアに我家を持ちたい!方のための住宅購入のハウ・ツー
  - リタイヤメント・ビザについて
   リタイヤメント・ビザの取り方、安上がりに取得する方法、など

その他にも、退職後オーストラリアで暮らすために役立つ情報を配信。


剋ハ真撮影について
2002/12/10
 

 今回の旅行には、デジカメと普通のカメラを持参しました。目的はホームページに使用するためでしたので、デジカメだけでよかったのですが、パノラマ機能がないため、MINOLTA PANORAMA ZOOM 135も持参しました。
 デジカメはスマートカード(64MB 標準カード)を2枚で284枚、MINOLTA PANORAMAは24枚撮りを5本で120枚を用意しました。

通常の写真は
デジカメ(FUJIFILM FinePix 2900Z) 1800x1200ピクセルで撮影し、
450KB程の画面を25%に縮小し、20〜30KB程度に縮小しています。
画面上で適当に縮小して使用しています。

パノラマの方は
普通のカメラ(MINOLTA PANORAMA ZOOM 135)で撮り、
スキャナーは300dpi、領域は9cmx25cmで取り込んでいます。
20〜30KB程度。
画面上で4/3程度に縮小して使用しています。

 デジカメは、矢張りタイミングが微妙にずれ、度々足元など関係のない画面が撮れています。尚、ACアダプターはAC100V〜240V、50/60Hzなどでトランスの必要がなく、どのホテルでも充電はできました。
 帰国後、パソコンへの取り込みは、PCカードアダプターにスマートメディアをセットして、パソコンのPCカードスロット(PCカードType II対応)で処理しました。画像の編集はMicrosoft Photo Editorでサイズ変更程度の処理をしました。


Жインターネット事情

◆アボリジナルアート◆

また
儀式や
各部族の生活
の統括方法を
説明した芸術もある

様々な形で
表現された
彼らの芸術は
狩猟方法や
親族の死
そして近年の白人の
入植など
多くの出来事の
記録ともなっている

     
刄Sールドコースト(2泊)
2002/12/10
  コートヤード バイ マリオット サーファーズ パラダイス (宿泊ホテル)
 サーファーズ・パラダイスの中心地、パラダイスセンターの一画に立地する36階建てのファーストクラス・ホテル。直結しているパラダイスセンターには100軒以上の専門店が揃い、ビーチへは歩道橋でつながっている。

 ホテル内にビジネスセンターはあるものの、インターネット設備はありませんでした。
繁華街の中心で徒歩5分範囲に何軒かネットカフェがあるようで、日本語対応を2軒見つけました。その内の1軒は中国人の経営でもう閉店(夜7時)していました。
 次にセンター・アーケード街の入り口近くの、端末を16台程設置した店舗に飛び込むと、若い白人の男性2人が対応してくれましたが、繁華街でも顧客は0人でした。
 早速、HotMailでログインすると、日本語でメールは読めますが、入力できませんでした。要求すると、どこかと電話でやり取りして、対応してくれましたが、半角カナ文字の入力でした。残念なことにキーボードが英文なので、結局使用できませんでした。

 そこで、事前に準備していた、日本語のメールをコピーして、日本の仲間にメールを送信いたしました。15分で1A$(70円程度で格安)

刄<泣{ルン(2泊)
2002/12/10
  ヒルトン オン ザ パーク メルボルン (宿泊ホテル)
 キャプテン・クックの家がある美しいフィッツロイ庭園や王立植物園の豊かな緑を見下ろして立地する20階建てのデラックス・ホテル。市電の駅はホテルのすぐ向いにあり、ビジネス中心地区へは10分で行ける。  

  ・ホテル内のビジネスセンターでWebMailは可能ですが、日本語の対応は出来ていません。
  ・各部屋にキーボードが設置されていて、テレビ画面でインターネット接続可能、速度は遅い。

 市内のインターカフェを捜したが、インターカフェは見付かりますが、矢張り日本語対応は見付かりませんでした。料金はホテルではゴールドコーストのネットカフェの4〜5倍で、市内のネットカフェも倍程度でした。

刄Vドニー(2泊)
2002/12/10
  ラディソン プラザ ホテル シドニー (宿泊ホテル)
 建築遺産に指定された建物を改築し20世紀中頃のイメージを生かしたホテル。上品で落ち着いた雰囲気が漂う。
シティの中心に位置し、観光、ショッピングにも便利。

  ・ホテル内のビジネスセンターでWebMailは可能ですが、日本語の対応は出来ていません。
  ・各部屋にキーボードが設置されていて、テレビ画面でインターネット接続可能、速度は遅い。
     ISDN接続で1分で1A$(70円程度で非常に高い)

 ビジネスセンターのパソコンを使いましたが、矢張り日本語対応していないのですぐ止めました。市内のインターカフェを捜したが、インターカフェは見付かりますが、矢張り日本語対応は見付かりませんでした。

僵inko's Australia
2002/12/10
   メルボルンでもシドニーでも、Kinko'sの店舗を見つけ覗きました。正確には Kinko's Australia で、国ごとに独自の展開をしているようです。

インターネットは1時間 8.8A$(600円程度)で、かなり高いようです。

 ワークステーションは1時間 16.5A$(1000円程度)でしたが、専門的なデザインを入力している学生などが数名いました。デザインはカラー印刷なども使っていました。おそらく、身近に高品質のコピー機などがないため、わざわざKinko'sの店舗まで来て、最後の仕上げをしているように思いました。

キンコーズ kinkos.com  kinko's JAPAN
 ノートパソコンを持っていてもメディアがなかったり、外出先でネットがしたい。そんなとき、キンコーズでは赤外線インターネット接続や無線LANインターネット接続を利用することができます。机の上にノートPCを置くだけで、簡単にネットに接続することができます。
  ○コンピュータ使用料(Mac・Windows)・・・・・・ \200/10分
  ○赤外線インターネット接続サービス・・・・・・ \100/10分
 但し、キンコーズ成田空港店は、平成14年9月30日に閉店しております。まだボーダレスの環境は未成熟なのかも知れません。

剴本への帰路
2002/12/10
    シドニーからの乗り継ぎで立ち寄った、ケアンズ空港でコーヒーを啜っていると、目の前にパソコンが4台設置されており、早速、ネットカフェに挑戦することにした。
 10分間2A$数十セント(180円程度)のプリペードカードを購入してアクセス。

Internet Access Card
NCIC (Internet & Calling Card) - 33k

 僅か10分、確かに日本語は読めたが、入力はできません。そこで受信したメール文の一部をコピーして、一行のメールをでっち上げて返信完了。さあ、7時間余の帰国の旅路へ。

 帰国後、Webサイトに「国際線出国エリアの左手奥にあるヌードル・ショップに端末が置かれています。Global IMEも導入されていたので、日本語ページの閲覧と日本語でのメッセージ作成も可能です。」との記載を見つけました。
 確認しておりませんが、記述しておきます。

刄Cンターネット事情についての感想
2002/12/10
    ツアー旅行の空き時間を利用しての調査ですから、いい加減ですが、以上の通りです。
ボーダレスの時代とは言え、最後まで、日本語の問題が障害になりました。
 ・日本語を読める環境。(エンコードの日本語)
   ダウンロードすれば簡単ですが、結局実行はしませんでした。
 ・日本語を入力。(日本語の辞書)
   これは難問で、ノートを担いで行くしかないのではと思いました。

 帰国後、メール仲間から海外のメールについて、下記のような有効な情報を頂きました。

海外からの、日本語入力確かに面倒ですね。
私の友人は、いつも、日本語入力用CDを持ち歩き店主に許可を得てインストールするそうです。日本人の来客の多い店では、これがたいそう喜ばれているようです。

 海外に度々行かれる方は、それなりに工夫をされているようですね。オーストラリアでは、若い人の多いゴールドコーストでは閲覧用に日本語が対応されていましたから、それなりに要望があるのでしょうね。
 また、メール程度でしたら、海外用のレンタル携帯電話がありますから、E-Mailもあまり使わないのかもしれません。
 


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